福井県越前市の山裾に広がる、五箇(ごか)と呼ばれる集落。
平日の昼間に訪れたときには、走る車もまばらで、人の気配は確かに感じるものの、あたりはひっそりとしています。その静かな空気感に誘われるようにして集落を歩いてみると、そこにある静けさを壊すことなく、その静寂を奏でるかのように、清らかな水の手ざわりを感じる音がそっと耳に届きます。
その水音は、集落のすべてを優しく包み込み、そっと守っているかのように絶え間なく響いています。1500年にわたり越前和紙の命を育み、この地の生業を支え続けてきた水音です。
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水音のなかに眠る、1500年の神話
越前和紙の歴史は、約1500年前の継体天皇の時代にまで遡ります。
この地に現れた美しい女性が清らかな水を用いた紙漉きの技術を伝えたという伝説があり、そのお姫様は「川上御前(かわかみごぜん)」として、地域を見守る大瀧神社・岡太神社に祀られ、全国でも珍しい「紙祖神」を祀る地として知られています。それゆえ、古くから自然の恵みである水と、紙漉きの生業を何よりも大切に守り続けてきました。
国家の「信用」を支えた、寡黙な技
江戸時代には幕府や諸藩の「御用紙」として指定され、明治初期には、太政官札をはじめとする紙幣用紙にも越前和紙が用いられました。
多くの人の手を経ても破れない「強靭さ」と、経年変化に耐える「耐久性」。そして、偽造を防ぐための高度な「すかし」の技術。これらはすべて、職人たちが冬の冷たい水の音だけが響く静寂のなか、原料を何度も洗い、不純物を徹底して取り除くという、緻密な仕込み(下準備)から生まれます。
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また、山に囲まれた「五箇(大滝・岩本・不老・新在家・定友)」の集落では、職人たちが高度な技術を受け継ぎながら品質を守り続けてきました。その高い技術力は、やがて紙幣用紙の製造を支える産地としての信頼へとつながっていきます。産地全体の信用と品質を守るための厳格な仕組みのなかで、職人たちは実直に技術を磨き、日本の経済と信用を文字通り下支えしてきたのです。
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日本画という文化を支える「紙」を漉き続け、美術史そのものを静かに支えてきた、岩野平三郎製紙所
この歴史のなかで、独自の歩みを進めてきたのが岩野平三郎製紙所。他の工房が暮らしの道具や公的な和紙を洗練させていくなかで、この製紙所は日本画という文化を支える「紙」を漉き続け、美術史そのものを静かに支えてきました。
明治から大正期にかけて、初代・岩野平三郎は、それまで極めて困難とされていた大判の麻紙づくりに成功しました。横山大観をはじめとする日本画の巨匠たちは、この強靭で巨大な一枚の紙を得たことで、歴史に残る数々の大作を世に送り出してきました。

