
いつの間にか小・中学校での習字の時間も墨をすることをせず、墨汁となっています。それにはそれなりの理由があるので、意義を唱える気持ちはありませんが、墨職人を始め、墨に関わる人たちが一番憂いているのは、固形墨が持つ面白さや特徴を知る機会が減り、それを使い分け表現に活かすことができる人が減っていることです。墨の持つ表現力が引き出されることなく、単に墨を磨る時間を効率化したい、というただそれだけの理由で墨汁を唯一の選択肢としているのでしたら、それは表現の幅を狭めていることに他ありません。
文房四宝と呼ばれる墨、筆、硯、紙はその掛け合わせによって無限の表現を生みます。松煙職人として墨の原料の一つである松煙を作るだけでなく、その松煙で墨を作り、さらには水墨画家として活動される紀州松煙の堀池雅夫さんに松煙の魅力について伺いました。
固形墨だからこそ生まれる特徴を理解し、是非ともより幅の広い表現へと繋げていただければと思います。

松煙墨と油煙墨の違いは?
松煙墨も油煙墨も基本は同じ。煤に膠を混ぜて固めて作ります。
松煙は松を燃やしてできる煤(松煙)で、油煙は菜種油など植物の油を燃やしてできる煤(油煙)です。原材料が違うということの他に大きく異なるのは、松煙墨の最大の特徴は「にじみ」の面白さです。
「にじみ」って何?「にじみ」があると良い?
「にじみ」とは、墨で紙に書いたり描いたりした際に、墨の線や点がその輪郭からじわじわと水分とともに外側へ広がる現象のことです。「にじみ」があるから良い、ないから悪いということではなく、柔らかさ、奥行き、自然な雰囲気などを表現する上で重要な要素となりるため、表現に幅を持たせてくれます。
「にじみ」は松煙墨だけの特徴ですか?
いいえ。「にじみ」は松煙墨だけが持つ特徴ではありません。油煙墨でもにじみの面白さは楽しめます。
ですが、その滲み方は松煙墨の持つ粒子サイズの不均一さからくる複雑な変化とは異なり、より均一でまとまった印象になります。
そもそも「にじみ」はどうして起きるのですか?
「にじみ」は、その原材料であるの「煤」と「和紙」との関係によって生まれます。煤の状態によってより滲みが出やすかったり、出にくかったりします。(正確にいうと、この二つを繋ぐ「膠」も大きく影響しますが、ここでは話が複雑になるのでここでは「煤」に絞ってお話しします。)
松を燃やしてできる煤(松煙)は、その粒子がバラバラであるため、紙の繊維に引っかかりやすく、細かい粒子だけが水分と一緒に広がりやすいため、広がりに変化が出やすく、味わいのある「にじみ」を生み出します。
皆さんよくご存知の伊藤若冲は、この特性をうまく利用して「筋目描き」という独自の表現を生み出しました。
では、なぜ粒子がバラバラになるのでしょう?
その秘密は原材料と作り方にあります。
私は、江戸時代から伝わる伝統的「障子焚方式」で採煙していますが、まずは工房の中をご案内します。






こちらが採煙をしている工房です。
畳2畳ほどの小さな部屋が12程並んでいます。それぞれが目の細かい網で仕切られています。昔は障子で仕切られていましたが、火災が起きやすいため、現在は非常に目の細かい金網で仕切られています。
それぞれの小部屋には薪をくべるための小窓があって、火をつけた木片を中にある窯で不安全燃焼させると黒い煙が出ます。それが、松煙(煤)です。
松片を順番に焚べて一巡すると、最初の松片がちょうど燃え尽きるタイミングとなるので、この作業を延々100時間行います。
100時間かけてどの位の松煙(煤)が採れますか?
500kgの松を100時間かけて燃やしてできる松煙(煤)は10kgです💦
「障子焚方式」とは古くから伝わる方式ですか?



紀州墨は、江戸時代から障子焚方式で松煙を採取し、作られてきたといわれれています。写真は昭和の時代のものですが、現在の私の工房が当時の製造方法を継承していることを示してくれています。
500kgの松はどのようにして手に入れるのですか?



松と言っても、どんな松でもいいわけではありません。煤(松煙)を取るには、その松片が油分、いわゆる松脂を多く含んでいる必要があります。昔は山から木を切り出す作業は、ほとんど人力で伐採していたため、不要となった部分は現場に残されていました。松脂は傷となった部分をかばうように、その傷となった場所に集まってくるため、林業に携わる人が、山に転がっている倒木の中から、松煙づくりに適した松を集めてくれていました。が、その業界も高齢化が進んでいるということに加えて、昨今は機械化されて木の枝が落ちているということもなくなっているため、松そのものの入手が大変になっています。
余談ですが、ある時松脂だけを集めたものをもらい、これなら今後も安泰と喜んだのですが、現実はそう甘くありませんでした。
松脂だけということは、火力も一定であり、また木の燃えかすなどといった不純物が混ざらないため、粒子が均一となり油煙墨と変わらないのです。
集めた松煙(煤)は直ぐ墨になりますか?



採煙した後もまだ大切な作業が残っています。採ったばかりの煤はふわふわとして空気が含まれているので、そのままでは使えません。圧縮する機械で空気を抜くという作業が残っています。
先ほどの小部屋で採煙する際も、文字通り、頭の先からつま先まで「煤だらけ」の過酷な作業です。大変ですが、松煙墨にはその苦労以上の魅力があると思います。
松煙墨には「にじみ」の他にも特徴がありますか?
はい。松煙墨の面白さは「にじみ」だけではありません。その「色」も魅力です。
油煙墨はどちらかというと茶色っぽい色合いになるので、温かみのある表現が、松煙墨は青っぽい色合いになるため、キリリとした表現が得意です。
松煙墨と青墨は同じですか?
違います。最近よく見かける「青墨」とは少々意味合いが違います。青い顔料などを加えた墨を松煙墨の青さと勘違いしている方が増えていますが、松煙墨の青さは、粒子の不揃いから生まれます。粒子の大きさがバラバラなため乱反射し、青っぽい色合いとなります。
私は色の墨「彩煙墨」も作っているので、いわゆる青墨や茶墨の素晴らしさをよく理解していますが、松煙100%で作られた松煙墨が生み出す青さは、黒でありながら青というとても奥深いものです。「墨に五彩あり」と言われるように、墨には黒一色の中に、様々な色のニュアンスや表現が含まれています。
水墨画が墨色一色でありながら奥行き、透明感を表現できるのは、このためです。
松煙墨を選ぶときのポイントを教えてください。
「良い墨はどれですか?」とよく聞かれますが、それはご自身が表現したい世界によって異なります。高いから良いわけでも、安いから悪いわけでもありません。それぞれ特徴があるので、それを理解して使い分けること、その目を養うことが重要です。
色々な質問に正直に答えてくれるところから購入することをおすすめします。よく職人は気難しいので話しかけづらい、といわれますが、私たちは皆さんがどのように使っているのか、どんなニーズがあるのかを知る機会はとても貴重だと考えています。
日本のものづくりは、使い手の希望に技術を合わせて進化してきました。使い手の目が高くなると、自然と職人の技術は上がります。
使う人に望むことはなんですか?
当たり前のことですが、使って楽しんでください。
松煙墨は少々高価なこともあって、「もったいなくて使えない」と仕舞い込んでいらっしゃる方もいますが、使わないとその良さがわからないのが固形墨です。
使うことで墨の違いを見分ける目も養われます。
後継者がいなくて大変ですね、と言われますが、墨の面白さを語る人が増えれば自ずと需要が増えてきます。需要が増えると後継者はどこからともなくやってきます。
なんでもそうですが、世の中に望まれないものは淘汰されていきます。墨も同じです。
墨は2000年も続いてきました。それは、墨のもつ魅力を理解し、楽しむ人がいたからです。楽しむ人、それぞれの表現でその魅力を広めてくれる人がいる限り墨は続いていくと思います。ぜひ、ご自身の表現でその魅力を多くの人と共有をしていただきたいと思います。